セシリア・ダナスタシオ|CECILIA D’ANASTASIO

『WIRED』のスタッフライターとしてゲーム業界とゲーム文化について執筆。以前はG/O Media傘下のヴィデオゲーム部門であるKotakuで上級記者を務めていた。

まるで宗教の預言者のように、ビッグテックの名士たちは新たなインターネットの到来を伝道している。その福音書──テック企業やヴェンチャーキャピタリストなどのブログ記事──にはこう書かれている。

明日のサイバースペースは楽園のようであり、超越的で、イマーシヴ(没入的)で、3Dで、すべてが融合し、わたしたちの生と死のよりどころであるさまざまなサイトやサーヴィスがひとつの愛の下に集まる場所になる。ソーシャルメディア、オンラインゲーム、生活支援アプリなどといった各種プラットフォームが集うスーパープラットフォームであり、同じデジタルスペースからすべてにアクセスでき、同じデジタル経済を共有できるのだ。

ヴァーチャルリアリティ(VR:仮想現実)企業は、メタヴァースに入るにはVRヘッドセットが必要だと言い、AR(拡張現実)企業はARスマートゴーグルが欠かせないと言う。そしてSFに傾倒する少年のような熱意で信仰を深めながら、預言者たちはニール・スティーヴンスンの1992年のディストピア小説『スノウ・クラッシュ』にならって、自らのヴィジョンを「メタヴァース」と呼ぶのだ。

『スノウ・クラッシュ』で描かれたもの

スティーヴンスンが同書を執筆したころ、ウェブはサーバー技術の引力によってのみつながりが保たれる、まとまりのない小さな惑星の集合体でしかなく、新人開発者がHTMLとHTTPを用いて初歩的なウェブサイトを構築していた。

まもなく、テレビドラマ『フレンズ』のファンサイトやテキサス・インターネット・コンサルティングのホームページが、ブロードウェイの歌詞でいっぱいだった派手なジオシティーズのサイトとは別に設置されるようになった。この分裂した太陽系から、情報の分類と集積という問題を解消するために「モザイク」や「ネットスケープ」のようなウェブブラウザーが誕生した。

スティーヴンスンが考案したメタヴァースは立体構造のデジタルストリートで構成され、そこにはユーザーのアヴァターが散歩したり、パーティーを開いたり、ビジネスを行なったり、居場所やほかの住人を見つけたりできる仮想の不動産が並んでいた。メタヴァースはグローバル・マルチメディア・プロトコル・グループという会社によって運営され、同社は3Dサイバースペースの屋台骨としての活動から収益を得るのだ。

90年代の未来派たちは目を輝かしてそのアイデアを鵜呑みにし、Activeworldsのような孤立したサイバースペースをつくってユーザーのアヴァターを招き入れた。ヴィジョンの残りの半分──重要な半分──は各サイバースペースを結びつけることだが、この点は当時の技術では実現できなかった。

実現しなかったオープンソース・メタヴァース

メタヴァースは相互運用が可能でなければならない。つまり、メタヴァースに含まれるデジタルサーヴィスはキルトのように互いに交差して織物をなす必要がある。メタヴァースに関するレポートを書くことが多いヴェンチャーキャピタリストのマシュー・ボールは、「現実問題として、相互運用を実現するには企業が独自フォーマットのコントロールを放棄するか、あるいは完全にオープンなオープンソース・フォーマットを採用するしかない」と言う。

2000年代初頭、既存の仮想世界をつなぎ合わせる課題に取り組むために、数多くのオープンソース・メタヴァース・プロジェクトが始まった。誰でもコードが自由に使えたのであれば、『スノウ・クラッシュ』ファンで技能さえあればメタヴァースに独自の道を切り開くことができたはずだ。

それに、もしインターネットが初期のかたちのままであったのなら、オープンソース・プロジェクトがつぎはぎだらけの平等なメタヴァースを生み出しただろうと容易に想像できる。バービーのアヴァターに身を包んだ50歳の人が自分のいる「Second Life Dream House」から「Sephora.com」のVRブティックに足を運んで、「World of Warcraft」で稼いだゴールドを使ってデジタルのマスカラを買うことができたはずだ。

しかし、そのようにオープンなメタヴァース・プロジェクトは実現しなかった。「そのような相互接続にはあまり関心が向けられなかった。そうする動機がそもそも希薄だったからだ」と語るのは、Second Life(セカンドライフ)を運営するリンデン・ラボ(Linden Lab)の創業者、フィリップ・ローズデールだ。「会社として、わたしたちは利益を得ることを目指していた」

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「Web 1.0」から「Web 2.0」への進化

2000年代半ばになって、個別のウェブサイトをつくったところで利益は得られないことが明らかになった。儲けが大きいのは情報の分類企業、チャネル、アグリゲーター、パブリッシャーなど、つまりユーザーがつくるコンテンツに合わせて拡大ができるほどオープンでありながら、莫大な利益を独り占めできるほど閉鎖的な組織だった。

「数少ないオンラインサーヴィスが真にグローバルなユーザー基盤をもつに至り、結果としてそのニーズを満たすことだけを目的にしたグローバルなインフラが成長した」と、インターネットソサエティで上級政策顧問を務めるカール・ガーンバーグは言う。

これは「Web 1.0」から「Web 2.0」への進化を意味していた。およそ30年にわたって、統合という引力がサイバースペースを融合に導き、企業を大きく成長させ、融合が進むにつれて大企業の数が減る代わりにその規模は巨大になっていった。まとまりのない小さな惑星たちは引きよせられ、衝突し、大きな惑星となり、また衝突して星になる。ブラックホールになることも。

フェイスブックはInstagramとWhatsAppを飲み込んだ。アマゾンは2ダースほどのeコマースサイトを取り込んだ。そしていま、何十億ものユーザーという惑星の動きが、そうしたごくわずかな超巨大プレイヤーによって制御および利用されているのだ。ビッグテックはそうやってビッグになった。

オープンソース式のメタヴァースへの関心が薄れたのち、テクノロジー業界は10年をかけて「トータルサーヴィス環境」の構築に力を入れてきた。その世界では、人は朝Gmailを読み、昼はGoogleスプレッドシートにデータを入力し、休憩中はAndroid携帯を眺め、仕事上がりにはGoogleマップで新しくできたパブに行ったり、Nestスマートホーム機器を使いながらYouTubeを眺めたりして夜を明かすのだ。

これが、メタヴァースが受け継いだインターネットだ。より正確には、これがビッグテックのメタヴァースが定義するインターネットだと言える。

効果的に宣伝するための手段

メタヴァースというアイデアは新しい空の下で生まれ変わった。なら、メタヴァースに対するいまの熱狂はどう説明すればいいのだろうか?

それはビッグテックが自社の製品ラインナップを効果的に宣伝するための手段に過ぎない。メタヴァースは統合されたインターネットの次の段階を表し、ビッグテックのリーチ(影響範囲)とパワー(影響力)が増していることを示すマーケティングスピンなのだ。メタヴァースはビッグテックになる。いまのビッグテックと同じで多くの問題を抱えているが、いままでよりも大きなビッグテックに。

マーク・ザッカーバーグが「メタヴァース企業」にすると誓ってフェイスブックから改名したメタ・プラットフォームズは6大ソーシャルメディアプラットフォームの4つを所有しているだけでなく、VRハードウェアを製造するOculusも傘下に抱えている。

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ヴァーチャルリアリティはこの10年で主流になりつつあるが、ユビキタスと呼べる状況にはまだほど遠いため、メタはOculusの買収に投じた20億ドル(約2,300億円)を何とかして取り返そうとしている。VRヘッドセットを売るのに、「未来のインターネットにアクセスするにはVRヘッドセットが必要になる」というよりも効果的な宣伝文句がほかにあるだろうか? しかも、そのインターネットもメタが所有しているのだとしたら?

マイクロソフトの場合、メタヴァースはオペレーティングシステム(Windows)、サーバー(Azure)、通信ネットワーク(Teams)、ハードウェア(HoloLens)、エンターテインメントハブ(Xbox)、ソーシャルネットワーク(LinkedIn)、IP(Minecraft)などで構成されるプラットフォームとプロダクトの運命共同体を覆うSF的な1枚の皮膚だ。

2021年5月の投稿でAzureの副社長であるサム・ジョージが、マイクロソフトは独自の「メタヴァース技術の蓄積」を有するため「物理世界とデジタル世界」の融合を導く絶好のポジションにいる、と説明した。そして、それは「今日すでに可能である」と強調した。

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(もちろん、トータルサーヴィス環境では、文字通りの意味でユーザーがファイナルファンタジーXIVで使っていたネコ耳のキャラやSecond Lifeのトニー・ザ・タイガーの姿で転生するわけではない。トータルサーヴィス環境とは、他者のプレゼンスを連動させ、包含して提供するもので、ひとつのデジタルプロパティから別のデジタルプロパティへの移動を容易にするという意味でのひとつのメタヴァースだ。そこでは互いのアヴァターを実際に見ることができるという意味で、メタヴァースはSF的なのだ)

“ともに”ではなく“その下で”働く

現在、メタヴァースはそのような各種トータルサーヴィス環境とそれらのオーナー企業のブログの間に存在していると言える。そこではテックジャイアントと“ともに”ではなく“その下で”働くことが求められる。

もし、多くの企業が協力してキルト布の端をつなぎ合わせ、メタヴァースという1枚の布を織るのであれば、それはとても高貴な行為だろう。しかし、マイクロソフト、フェイスブック、エピックゲームズ、アップル、Niantic、NVIDIAなどが『キャプテン・プラネット』のように各自最大の長所をもち寄って、誰も大金を稼ぐことのできないオープンソースの条件下で協力しながらメタヴァースをつくる世界が存在し得るだろうか?

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独自コードを刷新してライヴァルと協力しろ、というのはあまりにも高い要求だろう。独自のメタヴァースを構築するのに何十年という時間と何十億ドルという資金を投じてきたテックジャイアントたちに、ひとつのメタヴァースをつくるために協力し合う理由があるだろうか?

数十億ドル規模のプラットフォームでありゲーム開発ツールでもあるRobloxが、おそらく現在の時点で本物のメタヴァースに最も近い存在だろう。プレイヤーはペットの譲渡をテーマにしたゲームや地元の教会のVRヴァージョンをつくるためにRobloxを使っていて、毎日そこに4,800万ほどのユーザーが参加している。Robloxは独自のブラウザーベースの検索システムを介して、そうした個別世界を結びつけている。

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ここではこの「独自」という点が重要だ。プレイヤーは自分のミニメタヴァースをWorld of Warcraft(ワールド・オブ・ウォークラフト)やSecond Lifeに組み込むことはできない。Robloxにとっての成長とは、Robloxにもっと多くを集めることなのだ。だからこそ、RobloxのCEOは21年初頭に同社のことを「メタヴァースの羊飼い」と称した[編注:旧約聖書の預言者や新約聖書のイエスは「羊飼い」と表現される]。

「庭を囲む壁を低くする」

もしビッグテックがこのまま無制限に成長を続ければ、そして、そもそもメタヴァースが実現されるのなら、きっと複数のメタヴァースが生まれるだろう。ちょうどアップルが壁で囲まれた庭であると同時に、熱心なファンには居心地のよい便利なテラリウムでもあるのと同じで、ひとつのテックジャイアントの傘の下で他のメタヴァースも使えるようになるに違いない。

ユーザーはアップル独自のオペレーティングシステムのシームレスさやiMessageのユビキタスさを愛してやまない。そしておそらくアップルのほうも、App StoreでiOS用アプリを販売する開発者に課す30%の手数料を愛しているに違いない。

エピックゲームズCEOのティム・スウィーニーはテクノロジー系ウェブサイトの「VentureBeat」で、メタヴァースがアップルのエコシステムと同じようなかたちで「どの政府よりも強力」な「ひとつの中央企業」によって支配されることの脅威について率直に語っている。

スウィーニーが『ワシントン・ポスト』に詳しく述べたところによると、彼の考えるメタヴァースには、ゲームプラットフォームとしての「フォートナイト」とエピックゲームズの「Unreal Engine」を通じて相互運用が可能なサイバースペースが欠かせないそうだ。

この意味で、カリフォルニア州の裁判官が、エピックゲームズがアップルに対して起こした訴訟を退けたときのコメントがじつに興味深い。「エピックゲームズは莫大な金銭と富をもたらすであろう大きな変化を求めている。……スウィーニー氏は[今回の訴訟を]自身のメタヴァースに対するヴィジョンの障害となるアップルとグーグルのポリシーや活動に異議を唱える手段として利用した」。やれやれ。

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同じように、コンピューターゲームエンジンを制作するUnityのCEOであるジョン・リッチティエロも、ビッグテックが描くメタヴァース像は独裁的だと批判する。リッチティエロが示す解決策は? みんながUnityを使えばいい。「Unityは庭を囲む壁を低くする」そうだ。

Web 3.0メタヴァース

メタヴァースがWeb 2.0のようにつくられるのを望んでいるのは誰だろうか? 誰がメタヴァースを規模の拡大と金儲けのためにつくろうとしているのだろう? オープンソース・メタヴァースの新規プロジェクトはどれも、そうした次世代のトータルサーヴィス環境としてのインターネットの必然性を覆そうとしてるいる。

「わたしの考えでは、Web 2.0メタヴァースとWeb 3.0メタヴァースのふたつが発展するでしょう。閉鎖的なビッグテック企業が集まるのがWeb 2.0です。そうした企業が独自のサーバーベースのモデルやデータ収集を手放すことはありません」と、オープンなメタヴァースを開発しているクルーシブル(Crucible)の共同創業者にしてCEOのライアン・ギルは語る。

「Web 2.0メタヴァースのほうがはるかに迅速に拡大するでしょうが、Web 3.0につながる道は非中央集権しかありません」。次の世代のウェブは、ブロックチェーン技術も含めて、オープンなプロトコルとスタンダードにもとづいていなければならないとギルは主張する。そこにオープンソースコミュニティが貢献することになり、その貢献は経済的に報われるに違いない、というわけだ。

ギルの語るWeb 3.0は1990年代のWeb 1.0に非常によく似ている。個性がバラバラで、ユーザー主導で、分散的。メタヴァースというアイデアのもとになったウェブの形だ。どうしたことか、わたしたちは当時の路線を逸脱してビッグテックのウェブ世界に入り込んでしまっていたようだ。

メタヴァースという考えそのものがあまりにも欠陥が多くて、どのようなかたちでも実現できない可能性もある。各種サーヴィスを結びつけて人々のデータを集め、個人の注意や関心をこれまでよりももっと完璧に支配することは、少なくともメタやマイクロソフトの幹部でない者にとっては、よりよい世界どころか、世界の改悪を意味するだろう。

ビッグテックのマーケティングチームはわたしたちがそうした企業のブログの投稿記事とコミュニケーションをとることにスポットを当てたりするが、ビッグテックのインターネットから生まれるメタヴァースはどれも人々にとって不親切なものになると考えられる。実際のところ、現在のメタヴァースはまとまりのない小さな惑星のウェブ(網)にはなり得ないのだ。

しかし、少なくともひとつの点において、メタヴァースはその起源に忠実であり続けるだろう。たとえアマゾンが地主であり、道端のほとんどの店がアマゾン系列だとしても、メタヴァースは『スノウ・クラッシュ』が示した立体構造のデジタルストリートに似たかたちになるはずだ。



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