『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。今回は特別編として、日本最高峰の書評ブロガーDain氏に、『独学大全』とあわせて読みたいおすすめの経済学本を挙げてもらった。(取材・構成/谷古宇浩司)

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『独学大全』とあわせて読みたい5冊

 私が経済学を「なんかあやしい」と感じてしまうのは、独学・独流でやってきた私のやり方に誤りがあるのかもしれません。今回紹介する5冊は、「私が考える経済学」をサポートするような本です。

(5冊の一覧)

『入門経済思想史 世俗の思想家たち』(ロバート・ハイルブローナー、八木甫、ちくま文庫)

『この世で一番おもしろいマクロ経済学』(ヨラム・バウマン、グレディ・クライン、山形浩生、ダイヤモンド社)

『2052』(ヨルゲン・ランダース、野中香方子、日経BP)

『戦争の経済学』(ポール・ポースト、山形浩生、バジリコ)

『マネーの進化史』(ニーアル・ファーガソン、仙名紀、ハヤカワ文庫)

 

『入門経済思想史 世俗の思想家たち』(ロバート・ハイルブローナー著、八木甫訳、ちくま文庫)

 対談で読書猿さんと語り合った本です。

 アダム・スミス、マルクス、ケインズ、シュンペーターなど、経済学の巨人たちの思想を紹介したものです。経済思想史を扱った書籍は沢山あるのですが、これが優れているのは、その思想なり主張なりを裏付ける彼らの生き方が、生々しく語られているところなのです。

 たとえば、マルクス。お金に困って追い詰められ、希望を失った人生を送ったマルクスが構想したのは、「破滅に向かう資本主義」です。裕福でお気楽な生活を送ったケインズが考えたのが、「持続可能な資本主義」です。同じ資本主義でも、見てるところがえらい違う。

 貧乏だったとか、出世に恵まれたとか、実家が「太かった」とか、さまざまです。でも、共通しているのは、彼らの描くヴィジョンは、それぞれの個人的な経験に裏打ちされているところです。

 何か絶対的なプリンシパルがあって、そこから証明や体系を拡張したものではなく、彼らの人生そのものが影響した信条みたいなものがあって、それが思想にまで高められてる。要するに逆なんです。自分の半生を通じて培われた信条とか信念みたいなもので世の中を見て、そこから引き出されたものが、経済思想になるのです(だからこの本のタイトルは、「世俗の思想」と名づけられているのかも……)。

 これは、経済学の巨人たちのみならず、現代にも同じことがいえるのではないかな……と思います。つまり、その経済学者が信じているものは、その経済学者の人生が(もっと生っぽくいうと、生活や実家の「太さ」や昇給や栄達が)反映されたものだと思います。

 Amazonを見ると、「20ヵ国語に翻訳され、沢山の学生を経済学に誘ってきた入門書」とあります。本来ならば、真っ先に読むべき入門書といえば教科書ですが、その教科書を書いた人はどういう知的基盤を元にしているかをうかがい知るのに、本書はお薦めです。

 

『この世で一番おもしろいマクロ経済学』(ヨラム・バウマン・グレディ・クライン著、山形浩生訳、ダイヤモンド社)

 経済学についてもやもやと抱いていたのを1冊でクリアにしたのがこれです。経済学の入口に立って、全体を俯瞰できます。コミック形式なので、マンガ大好きな私には、とっつきやすい。

 まず、「マクロ経済学の目的」が分かる。この本だと2つあります。

1. 経済成長を説明すること

2. 経済崩壊を説明すること

 税制や施策が経済的な成長にどのように寄与するか、そして、不況やインフレといった問題をどうやって回避するかを、「科学的に」説明する……。これが、マクロ経済の目的です。この本では金融政策、政府の役割、自由貿易と比較優位、外国為替や景気循環といったテーマを分けて、それぞれの観点からこの目標への道筋をレクチャ―してくれます。

 ここまでは、どの経済学者も合意できるところなんだけど、問題はここから。

 じゃあ、どうやって経済成長につなげるか、不況を回避するかといった話になると、いろんな党派や主義が乱立しまくる。経済学者という肩書は同じかもしれないけれど、いってることは180度違うというのはザラ。

 たとえば、経済を「円満な家庭」と見なす派閥と「崩壊家庭」と考える派が対立する。さらに、政府の役割もまるで違う。政府とは、成長と安定を促す「よい親」と考える人と、「悪い親」だから手出しするなと主張する人が、これまた争う。経済学自体が不安定で揺れているといってもいい。

 この本で一番笑ったのが、このジョーク。

 問題はいつも同じなのに

 答えは数年ごとに変わる

 じゃあ、ミクロ経済学は? となると、姉妹本で『この世で一番おもしろいミクロ経済学』というのがある。これも読んだけど「自己中心的で最適化する均質な個人」というのがあって、あとは全部パラメーターを加味して数学で説明しようとする試みだ、と理解している。

 そんなに上手くいくのかな? と思うのだけど、都合が悪くなるとパラメーターが増えていくような気がする……。

 

『2052』(ヨルゲン・ランダース著、野中香方子訳、日経BP)

 私は経済学にうさん臭い印象を持っていますが、それでも頼りにするほかありません。なぜなら、現状分析には役に立ちますし、未来予想についても占い師よりは少しはマシなので(と思いたい)。

 そういう経済学の1つの成果(?)として、『2052』を推します。

 経済、環境、エネルギー、政治など多岐にわたる世界のキーパーソンの観測を踏まえ、それぞれの整合性をとりつつ、2052年までを見据えた未来予想図です。

 結論からいうと、「不愉快な未来」です。著者にいわせると、未来はよくなるか悪くなるか、という問題ではなく、「どれぐらい悪くなりうるのか」が問題だそうです。

 気候変動に備えたリソースは投入されず、環境悪化は進み、住めない場所を放棄した人々は都市に集まります。都市化は今でも進んでいますが、近未来の富裕層は、「防壁化された都市へ逃避する」といっています。残された地方の小集団は自力で異常気象や生態系の変化を真正面から受け止めることになります。

 つまり、富んだ国と貧しい国という構図ではなく、城砦化した都市とそれ以外という世界になるそうです。『マッドマックス』や『進撃の巨人』のような世界です。

 先進国では、国に莫大な借金を負わせ、赤字が確実な年金制度を構築した世代が逃げ切り、次世代がこのツケを払うかというと、払わない。暴力的なやりかたで破棄されるか、次の次のまだ生まれてすらいない世代に押し付けられるといっています。

 一方、暗い未来ばかりかというと、そうでもない点も挙げています。

 ヒントは日本にあるといってます。今の日本が、明日の世界の目安になるという。この20年間、日本経済は減速しているにもかかわらず、消費は上向いています。経済の減速は投資率が下がったからですが、人口は横ばい状態なので、1人あたりの消費は33%も増加しています。

 これは高成長と呼べるが、成長率の低いGDPが、さらに成長率の低い人口によって分配された結果です。経済的に停滞しているにもかかわらず、日本人が裕福なカラクリはここにあるのだと。

 そして著者は、同じことが、未来の世界経済にも適用されると予想します。人口は先進国では2015年、全体では2040年をピークに減り始めます。その結果、2052年に向かってGDPの成長速度が半減するが、人口減によって可処分所得が増えはじめ、同時にエネルギーの消費スピードも緩やかになり、環境破壊のピッチもゆっくりになります。

 ただし、環境破壊の阻止臨界点を超えたため、もう戻ることはなく、世界の生産力は2052年にほぼピークを迎え、21世紀末向かって衰退していくという予想です。

 この本、現状認識としては妥当だと思いますが、先行きの予想としては鵜呑みにしちゃダメかも……と思っています。

 というのも、本書は1972年に出版された『成長の限界』を受け継いだレポートだからです。

『成長の限界』は、ローマ・クラブという賢人会議が、スーパーコンビュータを使い、資源、食料生産性、人口、環境汚染といった要素から、人類の未来をシミュレートしたものです。出版当時のオイルショックという世相を反映し、経済成長はピークを迎え、人類の衰退が始まるという内容です。

 あまりに悲観的な予想ですが、結果は予想とは大いに異なり、経済成長は続いています。人類は衰退していませんし、深刻視された環境汚染は改善に向けた成果が出ています。

 とはいえ、環境問題や食糧問題は解決したわけではないので、「現状は悲観的に、未来は楽観的に見る」という姿勢は続けていく必要がありますね。

 

『戦争の経済学』(ポール・ポースト著、山形浩生訳、バジリコ)

 経済学は現状だけではなく、過去を分析するのにも役に立つと思います。

 この本は「戦争」を、経済理論を適用して分析したものです。戦争を「政府が投資をしてリターンを求める活動」とみれば、戦争も立派な公共投資といえます。「結局、戦争はペイするのか?」。著者はこの本で、そんな疑問に答えを提示しようとします。

 対象となるのは第一次世界大戦、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争です。ミクロ経済、マクロ経済の両方を用いて、戦争のバランスシートを丸裸にします。面白いといったら不謹慎ですが、戦争に関する疑問を通じて経済理論も学べる仕組みになっています。

・「戦争が経済を活性化する」は本当か?

・徴兵制と志願兵制ではどちらがコストパフォーマンスが高い?

・軍需産業にとって実際の戦争にメリットはあるか?

・核物質闇取引の実際の価格は?

・自爆テロはコストにみあっているか?

「戦争は人命がかかっているのだから、お金に換算できないのでは?」という疑問が出てきます。読み始める前、私もそう考えていました。この本では、保険支払いのための人命価値計算を持ってきます。ご丁寧にインフレ補正のために消費者物価指数(CPI)まで用いて計算しています。式はこうなります。

戦争時点の1人の人命価値

=2000年の1人の人命価値×(戦争年のCPI/2000年のCPI)

「命に値段をつけるなんて!」という反発も招きそうですが、1人の人命価値は、米国の男性労働者として750万ドルという値がついています。これを「コスト」としてみるならば、政府の決定者に戦争をためらわせる根拠にもなりえます。悪いパターンだと、この「コスト」よりも安くつくロボット兵士の話になります。余談ですが、『ロボット兵士の戦争』という本に詳しいです。

 結論をいうと、「損得勘定だと、戦争で元をとるのは難しい」になります。ブラックジョークで「戦争は割に合わない、儲けはドルだが、損は人命で数えるから」というのがありますが、そのまんまですね。

 それでも「お得な戦争」というのがあります。戦争が経済的に有益なのは、以下の条件が揃ったときだと結論付けています。

1. その国が戦争前に低い経済成長で遊休リソースがたくさんあるとき

2. 戦時中に巨額の政府支出が続くとき

3. 自国が戦場にならず、期間が短く、節度を持った資金調達が行われているとき

 そして、この条件が全て揃っていたのが、第一次、第二次大戦のアメリカ合衆国だったといっています。ただ、その後、決して有益ではない戦争を続けているのも米国だとしています。アメリカがこれだけ強大になったのは戦争のおかげであり、その覇権に陰りが見えるようになったのも戦争のせいだということが、経済学で分かります。

 戦争は、国家財政に大きな影響を与える巨大な公共投資です。著者が米国人なのでアメリカが中心になっていますが、イギリスの財政と戦争に関する研究だと、読書猿さんからお薦めいただいた『財政=軍事国家の衝撃』がよさそうですね。積読中ですが、これも戦争を経済学から読み解いた名著だと思います。

 

『マネーの進化史』(ニーアル・ファーガソン著、仙名紀訳、ハヤカワ文庫)

 この本も経済学で歴史を分析した名著ですね。

 私の中では、経済学は歴史学に近い学問です。歴史的事象を分析するとき、そこに働いた意思とか政治的力学とかを説明するとき、経済理論が役に立ちます。最近旗色が悪くなっている「行動経済学」も含め、人間の活動や意思が社会にどのような影響を与えるか、反対に、社会が人にどんな影響を与えるかについて、過去の事象の場合ならうまく説明してくれると思います。

 この本は、「マネー」に焦点を当てたものです。「マネー=お金」じゃなくって、もっと広く、「マネー=私たちが価値だと思っているもの」になります。貨幣の誕生から銀行制度の発展、保険の発明、ヘッジファンドを採りあげて、マネーを人と共進化した概念として紹介しています。そういう意味で経済学というより、金融工学が近いかも。

「私たちが価値だと思っているもの」は様々な形を取ります。金銀といった希少金属ならイメージが湧くけれど、紙切れになったり、球根になったりすることがあります。どの時代でも、それらの「信用」に新しい名前がつけられ、権力と結びつき、膨らみ、弾けます。

 なかでも、ジョン・ローの話が面白かったです。17世紀の経済学者(の走り?)で、世界初のバブル経済と崩壊を引き起こした張本人です。

 ブルボン朝に取り入って王立銀行を設立して、じゃんじゃん紙幣を刷らせて、政府債務を解消する一方、債務を自分の会社に貸し付けては投機熱を煽ったとあります。もろインサイダーのど真ん中ですね。

 彼の手紙にこうあります「私は賢者の石の秘密を探り当てました。つまり、紙から金を生み出せばいいのです」。ここ、めっちゃ笑った。そして、ここから市場操作による経済の崩壊が始まります。「金を刷れば豊かになる」という発想はここから生まれたのか! と思うと感慨深いです。

 この狂乱を現代に投射して、エンロン事件に結びつけます。ミシシッピ・バブルを引き起こしたジョン・ローと、エンロンの最高責任者ケネス・レイの経歴は、著者にいわせると、「控えめにいっても驚くほど似ている」そうです。続々と暴かれる不正経理・不正取引の本質は、何百年たっても変わらないことが分かります。

 ということは、また起きるんだろうなぁ……と容易に予想がつきますね。どんな名前になるかは分かりませんが、起きることは過去の焼き直しになるでしょう。歴史は忘れた頃に繰り返す、バブル経済はその証左になると思います。



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